5月の物語,ソルテ石

連休に帰省し,懐かしい故郷の商店街を歩いていると,見慣れない土産物屋があった。土産を売るほどの観光地でも無いのにと中へ入ってみたら,天然石を使ったジュエリーの店らしい。よくあるパワーストーンとか言う,鰯の頭も信心からの類。ガラス質に輝く黒い石は「ソルテ石」と言う変な名前が付けられ,幸運の石と謳われているが,どうみても単なる黒曜石だ。片手サイズのソルテ石の重さをしばし手のひらで量り,その丸く磨かれた石を何故か買ってしまった。

帰省先から戻る飛行機内で,その黒曜石,いやソルテ石を何となく眺めていると,隣に座っていた女性がふと声をかけてきた。

「何か特別な石なんですか?」
「ああこれね.幸運を呼ぶんだそうですよ。あはは,変ですよね」
「へ〜,面白そう」

彼女はソルテ石を受け取ると,

「あら,思ったより軽いんですね」

え,そうかな。僕の手のひらに戻ってきたソルテ石は,そう言われると何だかちょっと軽くなってるような気がした。

それから僕らはとりとめない会話をし,その会話は週末毎に繰り返されるようになり,そして次の年の5月に僕らは結婚した。

ソルテ石は居間のキャビネットの上に置かれていた。家内は気づいていないようだが,僕が買った時に比べて半分ほどの大きさになっている。

一年後の5月,長女が生まれた。僕らは迷うことなく「さつき」という名前を選んだ.ちょっと古風な名前だけど,それが一番自然に思えたから。そして,さつきが一歳になった頃,ソルテ石はビー玉サイズになっていた。

休日の午後,ことりと音がしたかと思ったら,ビー玉は床へ転がり,さつきはそれを拾うとそのまま口へ入れた。

「さつき,それ,だめっ!」

家内の言葉に驚いたさつきは,石を喉に詰まらせた。息が止まって苦しむ娘の姿にパニックになった家内は

「あなた! さつきの喉に!」

慌ててさつきの口を開けてみるも,異物は何も見えない。すぐに吐出させないと。

さつきのお腹を腕で抱え,背なかを叩いた。確かこうするんだった。いや,逆さ吊りにするんだったか。分からない。でも何とかしなくては。

白目をむいたさつきの姿に,家内が泣き叫んでる。出てきてくれ,それだけを考えて背なかを叩く手が次第に激しくなる。

「泣くな! 救急車,はやく電話!」

叫んだ瞬間,さつきがケホっと小さく咳をした。それからしばらく咳き込んだかと思うと次第に治まってきた。

石が出たのか。辺りを探したが,どこにも見当たらない。やがて救急車が到着した頃には,さつきの容態はまるで何事も無かったのように普通に戻っていた。

気道を塞いでいた石はどうやら取れたらしい。飲み込んでしまったのか。念の為に搬送された病院でレントゲンを撮るも,どこにも石の影は写っていなかった。あの石は消えてしまったらしい。僕はソルテ石を初めて手のひらに乗せたときの重みを思い出していた。