Life in Los Alamos

Daily Life in New Mexico


5月の物語,実験室

普段なら不快な機械の低音が響き続ける大学の実験室も,連休中は静かである。休日お構いなしに出てくる実験室の主のような博士学生も居るが,この連休は電源を全て落とすと伝えてあるので,諦めてアパートで呑んだくれて寝てるのだろう。念の為に早朝に研究室へ出てきたが,実験室の主の気配は無い。今日がチャンスである。

落としてあった主電源を入れ,実験装置とコンピュータのスイッチを入れる。装置が低い唸り声とともに動き始め,コンピュータの画面にログインパネルが現れた。

パスワードを入力すると,装置制御コンソールが開き,ウォーミングアップの表示。装置が安定するのを待つ間,薬品棚の鍵を開け,幾つかの瓶を取り出した。

ビーカーにアミロースとアミロペクチン,スクロースを混合し,そこへNaHCO3を加える。蒸留水に溶解させた後,その実験試料を円形のプレートに広げて装置の炉内部にセットした。

実験温度を455K(ケルビン)にセットし,圧力は大気圧のままとした。炉内温度が上昇してくると,プレートに広がった試料から次第に泡が生成し始めた。どうやらうまく行っているようである。

小麦粉と砂糖,それにベーキングパウダーの主成分を使ってホットケーキを作ることができるのか。それが科学者としてのチャレンジだった。化学成分が同じなら,同じものを合成できるはず。科学的に間違っていないはず。その信念を心に燃やし続けて,この日に至った。

試料が次第に色付いてくるのを耐熱ガラス窓越しに観察しつつ,温度を微妙に調整し,降温プログラムをセットする。あと2分30秒で完成するはず。次第に香ばしい香りが実験室に広がってきたその時,部屋の片隅で物音がした。

ガサガサと繊維の摩擦音が聞こえた後,ジッパーが開く音。無造作に床に転がった寝袋から出てきたのは,実験室の主だった。

「おまえ,いたの!?」
「先生も休日出勤ですか?」
「ああ,いや,ちょっとやり残した実験があって…」
「ホットケーキ作るんだったら,タマゴも入れないとダメっすよ」

彼はそう言うと,薬品棚を開け,アルブミン,オボトランスフェリンと書かれた瓶を取り出してきて言った。

「リゾチームも少し入れた方が旨いっすよ」