update 2005/03/24

2005年3月14日

● アメリカ脱出記

3月半ばから半月程,日本に帰国.目的はvisaの更新と,それに抱きあわせ た幾つかの会合出席.15日の飛行機を予約していましたが,前日から天気は崩れ, もう花咲く3月だと言うのに20cmちかく雪が積もっています.さすがホワイトデー, あたり一面真っ白…などと馬鹿言ってる場合では無く,このままだとLos Alamos 脱出ができなくなりそうです.急遽Albuquerqueのホテルに予約をいれ,車で出 発しました.

Los Alamosは山中なので雪はよく降りますが,Santa Feまで来れば雪なんか 無いのが普通です.でも今回はどうも様子が違います.どこまで行っても雪は降 り続き,フリーウェイの直前で遂にストップがかかりました.入口を警官が塞ぎ 「フリーウェイは雪のため閉鎖だ」と言っています.運の悪いことに,僕等がフ リーウェイに入ろうとした直前に閉鎖が決まったようです.

やむなく引き返していると,前の車がフリーウェイの横の小さな道に入って 行きます.その前には大型トラックも.どうやら道はフリーウェイと並行して走っ ているようですし,もしかするとこの道,迂回路なのかも.

前の車に着いて走ること30分.遂に前の車は.....路地を曲がって自分ちの 駐車場に入ってしまいました...

でもまだトラックは前進しています.さらに追跡しますが,トラックはどん どんと小さな集落の細い道へと入っていきます.ついにトラックが動かなくなっ たので,車を降り,トラックの運転手に「この道,I-25に出るの?」と聞くと, 「いーや,ここは行き止りだ」との返事.愕然としてUターンし,雪の降りしき る夜道をSanta Feへと引返しました.

雪は止まず,もうLos Alamosへも帰れそうにありません.Albuquerqueでは Bestwesternを予約してあったので,同じBestwestern系列のSanta Feのホテルに 駆け込み,予約の変更ができないかどうか尋ねましたが,それはできないとのこ と.とにかく空き部屋があるかどうか聞くと,1つだけ空いているとか.Santa Feで足止めをくらった人達がたくさん居て,ホテルはほぼ満室だったようです.

ホテルのフロント係は,「フリーウェイは朝になれば再開するんじゃないか」 と言って道路交通情報のテレフォンサービスの番号を教えてくれました.

もし明朝もフリーウェイが閉鎖なら,帰国便を1日遅らせるしかありません. でも席が空いている保証は無いし,手数料もかなり取られそうです. 泣くも笑 うも明日の朝5時のテレフォンサービス次第.それにしても,Santa Feのような 近くの町でホテルに泊まるなんて,一生に一度の経験かも.家に帰りますよね, 普通は.


2005年3月15日

● 脱出再挑戦

まだ夜明け前の5時.目覚しの音に飛び起きて,テレビをつけました.道路 情報は如何に?

残念ながらフリーウェイはまだ閉鎖されたままです.それどころか,25号線 はAlbuquerqueからColoradoの州境まで全面通行止め.テレビの画面には雪のた めの休校案内が次々と流れています.アナウンサーは,「いやぁ,こんなことは 滅多に無いですねぇ...」なんてニコニコしながら話していているので,思わ ず枕を投げつけそうになります.画面を眺めつつ悶々とフリーウェイ再開の情報 を待つこと1,2時間.ついにタイムアウトです.もう飛行機には乗れません.JAL に電話をかけて事情を話し,予約を明日に変更するよう頼みました.

もともと出発便の変更不可のチケットだったのですが,やむを得ない事情の 場合は変更できる場合もありうるそうです.で,そのやむを得ない事情としては, AlbuquerqueからLos AngelesまでのSouth West便が雪で飛ばなかったとか,そ ういったもの.でもSouth Westは,こんな雪にもかかわらずしっかり定刻通りの 運航だとか.がっくり.仕方なく手持ちのチケットをキャンセルして,新たに明 日の分のチケットを予約しました.

明日の便とは言え,今からLos Alamosに戻るのは危険です.フリーウェイが 再開するのを待ってAlbuquerqueまで行き,そこで再びホテルに泊まるのが堅実 でしょう.

朝9時,I-25のAlbuquerque - Santa Fe間が開通したというニュースが入り ました.早速ホテルをチェックアウトしてAlbuquerqueに向かいます.その前に 雪に埋もれた車の発掘作業もありました.道路の様子を心配していましたが,雪 はすっかり取り除かれ,普通通りの走行で何も問題ありません.もう1,2時間早 く開けてくれてもよかったんじゃないかといぶかってしまいます.

昼頃Albuquerque着.1日ロスしてしまったので,幾つかやることがあります. まずは日本で撮ろうと思っていたvisa用写真の撮影.ショッピングモールに入っ て写真屋さんを見つけ,家族全員の写真を撮影しました.他にも用意するものが あります.返信用封筒や切手,それに申請手数料の振込ですが,これはこちらで はどうしようもありません.日本の叔母に連絡して,なんとか揃えてもらうよう 頼みました.

明日は朝6時半の飛行機でLos Angelesへ飛びます.もうこれ以上,何事もな ければ良いのですが.


2005年3月16日

● 帰還

朝5時前に起床.バタバタと荷物をまとめてホテルをチェックアウトし,5時 半にはSouthWestのLos Angeles便のチェックインを完了しました.今の所上々. 何の問題も無くLos Angeles国際空港(LAX)へ飛び,JALのチェックインカウンター へ.

同じ飛行機を予約できなかったので,家内と子供はJALでチェックイン.僕は 隣のターミナルのAmerican Airlinesでチェックインを済ませました.ちょっと 気になったのは,成田に2つのターミナルがあること.ほとんど同じ出発時間の 飛行機とは言え,JALとAAの到着ターミナルが違っていると日本帰国後,迷子に なる可能性があります.

「可能性があれば,必ず起こる」とは良く聞く箴言.案の定,到着ターミナ ルは2つに分かれ,成田での再会に2時間を費し,東京の叔母の家に着いたのは9 時過ぎでした.

途中2泊もして,やっと日本到着です.すっかり体力を使い果たしました. 帰国するだけと言うのに,ここまで大変な旅は生まれて初めてです.


2005年3月18日

● 一難去って…

visaの為の面接を朝8時過ぎに予約していたので,8時前にはアメリカ大使館 到着.すでに30人程の列が出来ていましたが,館内にはすんなりと入れました. 順番を待つこと30分程.名前を呼ばれ,面接開始.面接とは言っても簡単な質問 がある程度であっと言う間に終わってしまうというのを聞いていたので,さほど 緊張もせずに面接に臨みました.

"Los Alamosデハタライテイマスカ?" と聞かれ,ハイそうですと答えると, 研究の内容ハナンデスカ,と聞くので,そのまま今の研究内容を答えました. すると...

「ソレハ特殊ナけーすデスノデ,書類ヲゼンブ,わしんとんニ送リマス」

とノタマウではありませんか.通常,visaは1週間程度で発給されますが,僕 の「特殊なケース」では2,3週間かかるそうです.すでに帰りの飛行機も決めて いたので,こちらも少々焦り,「あと何日かかるのか,電話で問い合わせること ができますか?」と聞くと,

「電話シテモイイデスガ,わしんとんデノ手続キガドレダケカカルノカ, コチラデハ分カリマセン」

と取り付く島も無く,とにかく果報は寝て待て,とのこと.

なんとか日本にたどり着いて大使館面接が予定どおりできたと思ったら,今度は アメリカに帰れ無い状況.まさに踏んだり蹴ったりです.


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